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「桃色春音(提出作品)」此の花が散る頃に

2010/05/20 23:12

――――――
春企画「桃色春音」提出作品
この作品は企画に参加してくださった方が提出された作品です。
著作権は作者様にございます。無断転載・複製などの行為はご遠慮下さい。
――――――

 『此の花が散る頃に』 月城麻由さま著


*1*

桜が咲いた頃――。

突然、五年付き合ってた彼氏に別れを告げられた。
理由は、はっきりしている。
別れの言葉は「お前と一緒にいると息が詰まる」だった。でも私は知っているんだ。他の人を好きになったってこと。
だって私との約束をすっぽかしてあの子に会って、あれだけ肩を並べて寄り添って歩いていたんだから。
まあそんなこんなでとにかくもうあいつはここには居ない。理解は出来たが感情が追いつかない。
フラれたくせに何を言う、と思うかもしれないがあまりに突然の別れは涙も悲しさも与えなかった。
いつも二人で通った店。あいつと付き合う前から通っていたお気に入りの喫茶店で、美味しいコーヒーを啜りながら、ちらりとドアに目を向ける。
あまりに周りも自分も変わっていないから、錯覚を起こしそうになる。
今にもあいつが遅れてゴメンとか言いながらあのドアを開きそうな気がした。
でも二杯目のコーヒーを飲み終わっても錯覚は錯覚のままだった。ただぼんやりとした余韻は残り風のように消えない。
しかし、別れて涙の一つも出ないなんて、私は本当にあいつが好きだったのだろうか?
もし好きだったなら、私が非情な女か、とてつもなく鈍感な女なのかどっちかだろう。

……後者の気がする。

まぁ、ウジウジと悩んでいても仕方ない。そう思ってみてもなんだか胸がささくれ立ったように痛いのは何故だろうか。
喉元に込み上げた何か――多分嫌悪感か寂しさ――を飲み下すようにカップに口をつける。だがそこに中身は無い。
はたと気づいて店員の姿を探すと、
「おかわりは如何ですか?」
ちょうど良いタイミングで店員がコーヒーを持ってきた。軽く首肯するとコーヒーをカップに並々と注いでくれた。
「……あれ?貴方…」
見上げた顔に覚えがあった。だが名前までは思い出せない。
考えあぐねていると、店員が驚いた顔をした。そしてフッと破顔する。
「忘れてるんだと思ってました。哀澤要(あいざわかなめ)です」
アイザワ、カナメ。
アドレス帳の彼方に埋もれた名前。高校の部活の後輩だ。吹奏楽部で同じ楽器をやってたから、よく話したっけ。礼儀正しい物言いに好感を持ったのを覚えている。
卒業してから会ってなかったけど、彼の変わりようが二年の月日を感じさせた。
背丈はそこまで変わらないが、顔つきが些か精悍さを帯びて肌が黒くなっていた。聞けば吹奏楽は一年で辞めて今はサッカーに専念しているらしいと友達づてに聞いた。
まさかこんなところで会うとは。
「久しぶり、哀澤くん。ここではバイト?」
「はい。三年になって始めました。…といっても週に2回ですけど」
――ん?
なら一ヶ月くらいはここで働いていた事になる。その間何回もこの店に来ていたが、彼を見た記憶は無かった。
いつも、見ていたのは……?
「そういえば、今日はお一人ですか?」
……やっぱ、いつもの光景見られてましたか。
まぁ別にそんないちゃついてたわけじゃないからまだマシって言えばマシだけど…。
「今日は、ちょっとね」
流石に後輩に失恋談を聞かせるのは気が引けた。
「また、起こし下さいね」
「……分かった」
まだ温かいコーヒーを啜る。やっぱりここのコーヒーは美味しい。
だけど同時に感じるのは、虚無感。いつもは私の前にはあいつが居た。椅子一個分の空白は侘しさを倍増させる。
…嗚呼、どうして私がこんな目にあっているんだろう?
だいたい、別れたいならはっきりそういえばよかったじゃない。いちいち私のあら捜しなんてしないで、好きな人が出来たっていえばいいじゃない。
―――いらいらする。とても。
「ねぇ、哀澤くん」
メニューをペラペラとめくりながら私は彼に声をかけた。
「なんですか?」
「ショートケーキとチーズケーキとショコラシフォンケーキとプティングとパンケーキ、一つずつ注文するわ」
「そんなに?…いえ、失礼しました。少々お待ち下さい」
…とりあえず、今日は食べよう。ダイエットは二の次にするとして、靄々とした気持ちはホイップクリームと一緒に飲み下してやるんだから。


*2*

「―――そうなんですか」
「そうなの。ほんとに酷いのよ?大体浮気ってのが酷いと思うのよね。思わない?」
「はい」
「でしょう!?」
バイトが終わった彼を引き止め、夕方のがらんとした店内で美味しい洋菓子とコーヒーを貪りながら愚痴をぶちまける。これは効果的なストレス発散法。
「でも、そんな別れ方をして、もう未練はないんですか?」
しばしの間。
「……無い」
大体最初は向こうからの告白だった。あいつのせいで何回も泣いた。それなのに簡単に他の人のとこに行っちゃうっていうのが嫌だった。
これは私の我儘?
「……」
返事が返ってこなくておや、と顔を上げると、安堵したような困ったような微妙な表情が見えた。
「? どうかした?」
「いや、なんでもないんです。……それよりもう日が落ちますけど、大丈夫ですか?」
外を見遣ると、あたりは段々と暗くなりつつあった。
「もうこんな時間? 帰らなきゃ…って、今日はゴメンね?愚痴聞かせちゃって」
「いえ、このくらいなら何時でもどうぞ」
「ありがと。じゃあまたお願いするかも」
ひとしきり笑って、席を立つ。忘れ物が無いか確認して扉に向かって歩く。
どうしてかは知らないが何時しか靄々はふっきれていた。扉を押すと、カランコロンというベルの音が耳に心地良かった。
コーヒーの残りがを胸いっぱいに吸い込んで、舞い降る桜を見上げつつ思いを馳せた。
―――すぐには無理でも。
時間が経っていけば……忘れられる、かな?


*3*

ベルの余韻を聞きながら、ふうと長い溜め息をつく。疲れた、というのとはちょっと違う。何だかフワフワとした変な気持ちだ。
一つ、伸びをして彼女が使っていたテーブルを片付ける。バイトは終わったと言ったがそれは嘘だ。昔の先輩と話があるからと店長に無理言って終わらせてもらった。
「店長、有難うございました。皿ここに置いときますね」
「なに気にすんなって。あのお客さんは常連さんだからね。相談相手くらいいくらでもなってやりなさい」
「有難うございます。じゃあ俺はこれで」
大体片付けが終わった俺は一言言って店を出た。
生暖かい風が吹き付けた。大きく深呼吸する。

――きっと、あの人はまたこの店に来る。

今までは気付いて貰えなかったが、今日は気付いて貰えた。彼氏と別れたと聞いて喜んだ自分が居たのを隠しながら話を聞くのはなかなか大変だった。
一年の時吹奏楽部に入ってたのは、少しでも近付きたかったから。それでもその所為で彼氏がいるのを知って諦めていた恋心。
まさかバイト代の良さと楽さで選んだ喫茶店が彼女のお気に入りだったとは。まぁ彼氏と一緒っていうのはキツかったけどな。
もうしばらく待ってみよう。それで、もしも大丈夫そうなら桜の散る頃に告白しよう。
瞬間、桜がひとひら舞ってきた。頭の中でその花と同じ名前の、ずっと好きだった人の名前を思い浮かべる。

―――桜。


fin.

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