FC2ブログ

L'espoir

Free Space

スポンサーサイト

--/--/-- --:--

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
Top ▲

「桃色春音(提出作品)」ある春ある日

2010/05/21 21:56

――――――
春企画「桃色春音」提出作品
この作品は企画に参加してくださった方が提出された作品です。
著作権は作者様にございます。無断転載・複製などの行為はご遠慮下さい。
――――――

 『ある春ある日』 詠香さま著


風が吹いた。
同時に薄紅の花弁が華麗に宙を舞い、やがて地表に降り注ぐ。
誰が見ても間違いようのない『春』だった。
゙出会い゙の季節でもあり、゙別れ゙の季節でもあるという。
一つの違わない季節であるというのに相反する二つの意味をもった不思議な季節…。

私は、春が嫌いだ。


「やはり、ここにいたか」
半ば呆れたような、でも確かに暖かさの込められた口調が私を振り向かせた。
「……何」
「別に?」
「そう、なら早くどこかへ行って。気が散るじゃない」
そう言って手元の本へと目線を戻す。
それなのにその影は一向に私の傍を離れようとしない。
何なんだ、
用はないと言ったくせに。
こちらから声を掛けてやるのも癪なので、しばらくじっと黙っていた。
彼も私の隣に腰を落として、黙ったまま最近短く切った私の黒い髪を右手で梳いている。
さらさらと撫でられる感覚が気持ちいい…―――
……………ちょっとまて。
「………何してるの」
「うむ、短い」
「……当たり前じゃない。切ったんだから」
私の素っ気ない返事にも、彼は怒らなかった。
「見た目よりずっと、短くなったな」
「…短いのは嫌いかしら?」
「いや。あんたならどっちでもいい」
「…………そう」
うん、仕方ない。
好きに触らせておいてやろう。

――あぁ、それにしても。
桜の木の下から蒼い空を見上げて、誰にともなくつぶやいた。
「春ね」
「…………」
返ってくると思っていた返事がなく、私は視線を彼に向けた。
「何よ?」
「………いや」
「…………?」
先程から彼は、私の髪を梳く手を止めて、私をじっと見つめている。
…何か私は変なことを言っただろうか。
記憶を辿り、ついさっき交わした他愛のない会話を一つ一つ思い返す。
……うん、変なことを言った記憶はない。
一体なんだというのだろう。
直接問い掛けようとした刹那。
彼が口を開いた。
「……明日…なのだが…」
あぁ、なるほど。
それが言いたかったのか。
「そうね。知ってるわ」
私はすぐにそう答えた。

明日。彼はこの街を出てゆく。
勅命であるから、覆すことは天地が引っ繰り返りでもしない限り不可能だ。

知っている。
彼がそれをこの上なく誇りに思い、楽しみにしていることを。
そして、この街から出たくないとも思っていることを。
相反する気持ち。まるで、春だ。

「はぁ…最後ぐらいもっと可愛げのあることを言ったらどうなんだ」
「言ったら、行かないでくれるの?」
「……――――」
少しだけ、彼の目が見開かれた。
私は、ほらね、と彼から視線をはずす。

―――と
くい、と短くなった髪を引かれ、彼の方に顔を戻された。
訝って眉をひそめると、口元に何とも言えない微笑を浮かべた彼は言う。

「それでもいいぞ」

意味が分からずに固まる私に構うことなく、彼は続けた。
「あんたが言うなら、俺はここに残ってやってもいいと言っているんだ」
「―――……は?……え、馬鹿?」
「正気だよ」
「――――死ぬわよ?」
「あんたの願いを聞けないよりマシさ」
「…………」
「どうだ?」
その目はよく分からなかった。
本気でそう言っているのか、いつものような冗談か――……。

いや、この際それはどちらでもいい。
本気の言葉でも冗談であっても私の答えは変わらずひとつなのだから。
「やっぱりあなたは馬鹿だわ。私の気持ちを全然分かっていないもの」
「そうか?」
「そうよ」
「ふむ…」
私は、あなたが夢を叶えることを願っている。夢見ている。
寧ろ、さっさと行け、と言いそうな勢いだ。

―――本当は、一番はじめに夢を叶えたあなたを見たいけれど。
無いものねだりは福を遠ざける。
だから、これで十分。
あなたが「ここにいてもいい」と言ってくれただけで、もう十分だ。

「………今日、俺を送る会的なものがあるらしいぞ」
「ふーん」
「あんたは――…来ないんだろうな」
「もちろんよ。何があっても行ってやんないわ」
だって、何を送れというの?
彼はどこかへ消えていってしまうわけではない。
ちゃんと、帰ってくるのだから。
「―――そうか…なら、俺も行かないでおこう」
「……え?」
あら珍しい。
あんなにパーティー好きなあなたが。
「『いつも通り』あんたといることにした」
「………ま、それがいいんじゃない?」
重ねられた手のぬくもりは、いつもと変わらない。
『出会い』であったり『別れ』であったり。
そんな何かが変わる季節なんていらない。
そばに、心に、いつもあなたがいればいい。

夢を叶えてほしいと願う気持ちは本物だ。
でも、今年の春が来なければよかったのにと、思う心も本物なのだ。
こんなことで悩んでいるのはこの街で私ぐらいなのだろうなぁと思っていると、気付かないうちに涙が頬を伝っていた。
ぬぐってくれた手がとても愛しくて、その手を止めてほしくなくて
私はずっと涙を流し続けた。

私は、春が嫌いだ。

だけど

私は、次の春が待ち遠しい。


彼の帰ってくる春が。



end…

スポンサーサイト
Top ▲

comment

comment

comment form

Passのない投稿は編集できません

Trackback

Trackback URL :
http://enalpha.blog136.fc2.com/tb.php/64-2b3e1f2f

Copyright (c) L'espoir All Rights Reserved.

FC2Ad

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。